今回は、私が伊方町に来て一番素敵だと思った「合力」(こうろく)についてご紹介します。
お笑い芸人であり、絵本作家でもある西野亮廣さんが「革命のファンファーレ 現代のお金と広告」で語っていること…
「うるさいぐらい「信用」の獲得手段について語る。それぐらい今は「信用」がモノを言う時代だ。」
「会社や一部のお金持ちだけのものであった『信用経済』が、個人レベルで扱えるようになったのだ。
これを僕は『信用経済2.0』と呼ぶ。」
https://lineblog.me/nishino/archives/9294492.html より引用
https://www.gentosha.co.jp/book/b11145.htmlより引用
西野さんの言う「お金よりも、信用がモノを言う時代にぴったりの文化・考え方」が、ここ伊方町にもあったのです。
そう、それこそが「合力(こうろく)」という文化・考え方。
インターネットで「合力」と検索すれば、「合力とは、多くの人手を必要とするときに近所の人たちが声を掛け合い、力を貸し合うこと」。
また、地域文化に精通している地元の方に「合力」とは何かと尋ねると、「合力とは、強制力のある助け合いの文化である」と返ってくる。
では、いま・これからを生きていくために、「強制力のある助け合い」を具体的に考えてみたいと思います。
●登場人物
A→合力(協力、助け)を親族、近隣等に要請する人
B→合力の要請に応じる人
●AとBの仕事
A→合力してもらう代わりに、Bのために食事やお酒を対価として提供する
B→対価(提供される食事やお酒)を楽しみに合力する(もちろんおもてなし精神もあった)
●合力事情
A→意外と準備や世話に労がかかるため大変である
B→対価がもらえる(お酒が飲める)ので、喜んで合力したい
●AとBの人数割合
・AよりもBの方が多い
・Aはある特定のBだけにこっそり合力を要請するということは
あまり出来ない雰囲気があるため、必然的にBが増えてしまう
●合力の強制力(A側)
・極端に言えば、合力を要請するとき、Aは要請できる全てのBに要請する(せざるを得ない)
・密な人間関係のなかで、合力差別や合力贔屓があるとBから揶揄されるという雰囲気がある
・合力してもらうために対価(食事やお酒)を提供する(返報性の法則)
●合力の強制力(B側)
・Bのなかでも要請に応じる人は問題ないが、要請に応じない人は仲間はずれと揶揄されるかもしれない雰囲気がある
・対価(食事やお酒)をもらっているため合力する(返報性の法則)
●合力の役割
A→助けてもらう→他者信頼
B→助ける→他者貢献
●結論:合力とは何か?
A:他者信頼→無条件で他者(B)を信頼すること。人を受け入れてあげることは、自分自身を受け入れてあげること
B:他者貢献→みんな(A)に望まれる存在になることで、信頼を積み重ねること。多くの人に賞賛されたり、喜ばれる存在になること
なんだか、アドラー心理学にも似た部分があるようです。
結局、「人間にとって一番の幸せは、人の役に立つこと」。
「あなたがいてくれて本当に良かった!」「あなたと一緒にいられて嬉しい!」などと伝えてくれることは、誰にとっても幸せに感じられるのではないでしょうか。
「他者信頼」がない場合に「他者貢献」をしようとは、なかなか思えないのです。
しかし、「他者貢献」なくしては、自分自身の幸せはありえません。
だからこそ「他人というのは、信頼できるものなの」なのですね。
「他人というのは、いいものなんだ」ということを、無意識に感じておくこと。
そして貢献すればするほど、他者にかけた労力が強いほど、「他者は大切なものである」ということが分かってきます。
結局のところ、人間は、社会の中で生きています。
そして人間の最大の悩みは、人間関係にある。すなわち人間にとって最大の不幸は、「自分はみんなに必要とされていないのでは?」、「自分がいなくても、社会は関係なく回っていくのでは?」というような、強い「孤独感」です。
つまり、「合力」とは、
AとBという役割に分かれて、「信頼」と「貢献」という役割を担い、
協働することで信頼と貢献を積み重ね、コミュニティ(地域)の中で生きていくためのシステムということになります。
きっと住民の入れ替わりが少ない地域だからこそ、
地域における信頼と貢献の重要さを最大限理解していたのでしょう。
「合力とは、強制力のある助け合いの文化である」
受け取り方によっては、語弊があるかもしれませんが、やはり、これが「合力」の正体なのかもしれません。
伊方町の方々は、「こうろく売りに、今日は、行っちょった」という感じで、使っていたようです。
しかし、残念なことに「合力」という文化・考え方だけでなく、その言葉すらも使われなくなってきており、地元の高校生に聞いてもほとんど知らないということです。
時代の流れと共に、
・合力に対しての対価が「食事やお酒」から「お金」へと変化したこと
・住民の高齢化や働き手の減少したこと
などの理由から業者に依頼することが増えたのでしょう。
それが合力という言葉が使われなくなってきた原因なのでしょうね...
冒頭で述べた西野亮廣さんが考えている「信用経済2.0」のための素養が伊方町には、「合力」という形で染み付いているのです。
これからの社会のあり方の先進事例は、やはり地域にこそあるのかもしれません。